家族で明るく生きていこう

夫婦で鬱病、娘はASDと統合失調症で、息子以外は病んでますが、何とか明るくやっています。

湖底から見上げた水面①

嫁が無事に退院し、再び家族4人が全員揃っての生活に戻ったのだが、嫁は乳房再建手術が本人の求めていた物とはかけ離れた結果になり、再手術が決定していたこともあって、より鬱が酷くなっていた。

 

子供たちにとってというか、家庭において嫁の存在は太陽のようなものだと思う。嫁が笑顔だと、家族皆が自然に笑顔になる。こればっかりは父親が何をしても敵わない。その太陽が沈んだままなので、それに合わせるかのように、子供たちの様子も少しづつおかしくなっていった‥

 

特に息子はまだ3歳だったので、甘えたい盛りの頃で、まだおっぱいを触ったり、抱っこされて胸に頭を預けて寝たりしようとするので、嫁は出来るだけ近づかないようにしていた。仕方がない事とはいえ息子がどんな辛い思いだったか、本当に見てられなかった。

 

その後、2回乳房の再建手術を受けたのだが、嫁の納得いくような結果にはならず、医者にもいい加減妥協するように言われ、あきらめる事となり、嫁の鬱病はますます酷くなっていった。結果、より一層甘えたくてしょうがない息子を避けるようになり、「ママが帰ってきたら、久しぶりにママと一緒にお風呂に入って、たくさんおはなしするんだ。」と言っていた息子の希望は叶うどころか、結果的に退院してから約3年は家族の誰にも胸を見せず、子供達が寝静まってから、最後に風呂に入っていた。

 

そういった事情があった上に、息子はまだ分別もつかない年頃だったので、どうしても小学生の娘よりも息子にかかりきりになってしまい、娘に非常に寂しい思いをさせていたこともあって、娘の言葉使いなど、色々な様子がこの頃から少しづつおかしくなっていっていた事に全く気付いてなかった。

 

そして母が3度目の癌を患い、胃ろう状態で手術に耐えられる体力がないので手の施しようがないと医者に言われ、老人ホームからホスピスに移ることになった。

 

その頃から、私の睡眠障害も更に酷くなり、何の薬を飲んでも効かず、心身共にかなり厳しい状態だったと思うけど、「俺が終わったら、我が家が終わる。」と思い踏ん張ってきたのだが、俺の魂を砕いた、あの思い出したくもない事件が起きてしまった‥

 

 

 

 

 

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